そもそも「土地」って誰のもの?土地所有の歴史をみてみよう

不動産の知識
土地の所有者?

地球は誰のもの?」というような哲学的な話ですが、地球は誰のものでもありません。

そもそも、 地球は人間のものではありませんからね。

人間が勝手に、「ここからここまでの土地は自分の土地だ」と言っているに過ぎません。

しかし、そんな正論を言ったところで、現代の日本で通用するわけがありません。

かっこいいをことをいう「変な人」として、ご近所の有名人になってしまいます。

人間は、何かと自分のものにしたがる生き物なので、

物でも、土地でも、区別して、所有者を決めているんです。

ご近所さん同士でけんかにならないように、

きちんと法律で「この土地は誰のものですよ」と決めているのです。

はじめ
はじめ

先輩。

うちの会社のとなりが空き地になってますよね。

ぼく、あの空き地を売ってお金にしようと思うんですけど。

平松先輩
平松先輩

お前なあ。

空き地だからって勝手に売ったらダメだろ!

人のもの勝手に売ったら犯罪だろ!

はじめ
はじめ

でも、名前が書いてあるわけじゃないし。。

看板を出してくれてたら、ぼくだって勝手に売ったりしませんよ。

空き地はみんなのものですよ!

変なこと言わないでくださいよ。先輩。

平松先輩
平松先輩

えっ、本気で言ってるの?

こわいんですけど。。震えがとまらないよぅ。。

お母さん。。

人間たちが土地をどう所有していたのか、歴史をみてみよう

飛鳥時代(聖徳太子がいた時代)

飛鳥時代の末期から始まったとされる公地公民制(こうちこうみんせい)。

公地公民制とは、「土地と人間は、全て天皇のもの」であるという制度です。

この制度の基本として、「戸籍(こせき)」と「班田収授(はんでんしゅうじゅ)」がありました。

戸籍を作ろうと思ったら、その人がどこに住んでいるのかを知っておく必要がありますよね。

そこで、天皇が国民に田んぼを貸し与える形で、人々が土地を持つようになりました。

このころは、あくまでも借りている形なので、所有とは違っていたようですが。

あくまで、ぼくの予想ですが、このころの人たちは、

現代よりも、もっと心が広かったんだと思います。

みんな平等に、天皇から借りているという認識だったのかどうかはわかりませんが、

今のように、「お隣との境界線はここだから、ここから入ってきちゃだめ!」というように、

ギスギス、けちけちしていなかったのではないでしょうか?

せまい日本なんだから、みんなで仲良く生活すればいいじゃない。

そう思うのは、ぼくだけではないはず。

はじめ
はじめ

すべては借りもの。君もぼくも。海も山も。

奈良時代(奈良の大仏様の時代)

三世一身の法といって、田んぼを耕したら、

親、子、孫までは田んぼを貸してあげるという法律ができました。

しかし、いくら土地を耕しても、三代限定となると、あまりやる気が起こりません。

はじめ
はじめ

どうせ、孫の代になったら、没収されるんでしょ?

じゃあ働くの、やーめーたっと。。

そのため、税収も減り、国の財政状況がピンチになりました。

そこで、新しく法律ができたのです。

それが、「墾田永年私財法」です。

「土地を耕して田んぼにしてくれたら、その土地は、ずっと君のものだよ。」という制度。

さぞかし、おじさんたちの目も血走ったことでしょう。

はじめ
はじめ

う~ん。ぼくの心を燃やしてくれたら、

ぼくの心は、ずっと君のものだよ。こねこちゃん。

平松先輩
平松先輩

気持ち悪さが安定してきたな。

平安時代~戦国時代(平安京エイリアンや武士の時代)

たくさん土地を耕した人たちがお金持ちになり、そうでない人が貧しくなりました。

貧富の差が拡大してしまい、その結果、公地公民制度が崩壊してしまいました。

税金も高くなり、「もう勘弁してくれー」と、農民たちがたくさん逃亡してしまったそうです。

そうなってしまうと、戸籍制度も崩壊してしまいますよね。

そうして、逃亡した農民たちを吸収して、お金持ちがさらに力を強めていくことになります。

どんどん大きくなった農地を「荘園(しょうえん)」とよびました。

そして、その荘園はお金もちの貴族(政治家)が、自分たちの都合の良いように、

政治のルールを変えたことによって、

どんどん藤原氏などの有力な貴族たちのものになっていきます。

はじめ
はじめ

ずるい。。。

そして、貴族の土地を守るために、武士が世の中に出てくるのです。ドキドキ。。

源氏と平家の源平合戦など。歴史的に盛り上がる時代に突入していくわけです。

土地の話とは関係ないので、そのあたりの話は省きますが。。

安土桃山時代(豊臣秀吉の時代)

「今日からこの土地は、おれの土地だー!」

「だまれー!先祖代々わしの土地じゃい!ぬすっとめ!」

と戦争をしまくったあげく、豊臣秀吉が天下を統一することになります。

そして、天下を統一した豊臣秀吉が行った「太閤検地(たいこうけんち)」で、

荘園」がなくなることになります。

はじめ
はじめ

豊臣秀吉が、荘園をなくしたんだね。

豊臣秀吉が行った政策で、刀狩りや、身分統制などは有名ですが、

太閤検地」は少し影が薄いかんじがしますね。

太閤検地」とは、田畑の面積を整理して、誰が年貢を納めるのかを確定することです。

「このくらいの田んぼなんだから、このくらいの年貢は納めなさいよ」と言われるので、

今までのやり方よりも、説得力がありますよね。

こうやって、土地も人も、貴族の支配から、武士の支配に変わっていったのでした。。

江戸時代(ついにやってきた平和な時代)

豊臣の次に天下を取ったのが、徳川家康です。

はじめ
はじめ

「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥(ほととぎす)」

ぼくなら、鳴かなかったら、逃がしちゃうけどね。

徳川幕府によって、ついに、260年に渡る平和な時代が到来するのです。

そう、みんな大好き「江戸時代」です。

土地は、幕府の所有とされていました。

遠山の金さんが、長屋(ながや)を歩いているのを想像してください。

そうです。庶民の生活の場。長屋です。

その長屋ですが、お金持ちの商人たちが、庶民に貸していたのです。

はじめ
はじめ

シジミ売りのあんちゃんも、長屋にすんでいたんだろうな。。

土地は、幕府のものだけど、建物は権利証をもっている商人のものだったのでしょう。

長屋が、不動産賃貸業の始まりらしいですよ。

明治時代(時代の夜明けじゃーの時代)~現代

時代が変わり、日本の資金確保の安定のため、

地租改正」を行いました。現在につながる、土地制度改革です。

土地に私的所有権を認め、物納を金納に変えたのです。

いままで米を納めていたのを、お金を納めなさいとしたのです。

そのため、農民たちにとって税の負担が増えたため、

日本各地で、農民一揆が起こることになったようです。

地租改正」によって、国民が土地を持つことができるようになったので、

誰が、どこの土地を所有しているのかという登記簿が作られ、

それが、現在にまで、受け継がれてきているのです。すごいですよね。

現在の土地所有権の制度は、歴史的に、血と汗と涙の結果なんですね。

はじめ
はじめ

ありがたや。ありがたや。

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